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今まで知らなかった タイムリープとタイムトラベルの違い

その他

お疲れ様です、てっちゃんです。

 

 

日常の気になること、なんてのもブログにしていこうかと思った矢先、

 

Steins;Gateの記事を書いていて思いました。

 

 

時間逆行SFによく出てくる、「タイムリープ」と「タイムトラベル」。

 

作品によって呼び方が違いますよね…?

 

 

設定上そうなっているだけで、同じことなのかなぁ、とも思ったんですけど、折角なんで調べてみました。

 

そもそも作品によって定義が違う

 

身も蓋もないこと言っちゃいますとそういうことなんですけど。

 

そもそも時間逆行自体が完全なるフィクションであり、そのシステムは作品によって違ってきますから、当然言葉の定義だって作品を作った側の創作ということになります。

 

まあでもそれじゃあ記事にする意味はないですし、私なりに調べつつ、私見を交えて区分してみたいなーと。そう思い立った次第。

 

タイムリープ」「タイムトラベル」そして時々「タイムスリップ」。

 

似たような現象に見えますが、この中で「タイムスリップ」は何となく想像つきやすいですね。

 

スリップっていうのは事故的なニュアンスみたいです。確かにわかりやすいかも。

 

要するに高い場所から落下して地面に激突した瞬間に、意識が戦国時代に飛んでいたとか。

外的要因によって「偶発的に」過去に(未来に)飛んじゃった、っていう解釈で良いんじゃないでしょうか。

タイムスリップした本人が意図しない形で起きる時間逆行。なかなかわかりやすいカモ。

 

 

ではタイムリープとタイムトラベルなんですが…

 

 

ちょろちょろーっと、インターネットの世界を覗いてみたところ、

 

タイムリープ」とは人間が何らかの要因で獲得した超能力的立ち位置

 

「タイムトラベル」とは機械などそういう力を持ったシステムを使って時間を逆行するという「タイムマシンなどを用いた時間逆行」という立ち位置

 

という論調が多くありました。

 

これ、結構納得ですね。

タイムリープという単語が出て来る代表作と言えば「時をかける少女」。

主人公は(何かしらアイテムによってですが)時間逆行の能力を得て、彼女本人がその力を行使して時間をさかのぼります。

 

タイムトラベルと言えばドラえもんですかね? タイムマシーンというそのまんまな秘密道具を使って未来と過去を行き来します。

 

 

いやーでも、どうだ、これは。多くの作品には当てはまりそうな定義で、「通説」としては説得力があるとは思うんですけど。

 

私が記事にも書いたSteins;Gateだと、どうだ?

 

主人公の岡部倫太郎は、「タイムリープ」する力そのものを得たわけではありません。

 

タイムリープを可能にしているのはあくまでも「電話レンジ」という、作中で登場する時間逆行を可能にするアイテムです。

 

そして更に、その時間逆行によって未来や過去が改変される場合は「世界線を移動する」という面倒なことになります。

 

岡部倫太郎がタイムリープ出来るのは、彼が作中で名付けた「リーディングシュタイナー」と言う能力によるもの。

Steins;Gate作品内では、世界線を移動した場合、その前にいた世界線の記憶は通常持ちこせません。ただ、岡部だけは前の世界線の記憶を持ったまま移動できるという能力があるんです。

 

つまり、岡部倫太郎本人には「タイムリープ」能力はない、ということでは…?

時間逆行を可能にしているのはあくまでも「電話レンジ」というアイテムです。

 

しかしこれも作品ごとの定義というポイントで解決できると言えばできますね。

 

リーディングシュタイナーまで含めて「タイムリープ」の能力だ、と言えば。

つまり、電話レンジで時間逆行を実現しただけでは「タイムリープ」とは言えず、異なる世界線の記憶を持ち続けて初めて成立するのだ、と言えば、岡部倫太郎は「タイムリープ能力を保持している」と言えなくもない。

 

ちょっとしっくりこない感じはしますね。

 

 

ということでもう一つ、「タイムリープ」と「タイムトラベル」を区別する、私なりの理論というものを考えてみました。

これが「定義」として言えるかっていうのはちょっとわかりませんが。

 

 

てっちゃん流タイムリープ・トラベル区別理論

 

ズバリ、「精神の逆行」か「体ごとの逆行」か!

 

どうでしょうか。これなら「時をかける少女」にも「Steins;Gate」にもあてはまって、尚且つドラえもんのタイムマシーンを使った時間逆行とも区別できると思うんです。

 

 

つまりですね。Steins;Gate時をかける少女を例に挙げて説明していきますと。

 

 

Steins;Gateでは、主人公が電話レンジというアイテムを用いて時間をさかのぼるわけですが、それはあくまでも「精神」「意識」を逆行させています。

 

厳密にはまた世界線どうのこうのが関わって来て違うところもあるんですけど、あくまでざっくり言うと、

例えば三日前にさかのぼったなら、三日前にいた自分自身に、現時点での自分が「憑依する」ような感じ。

 

作中では設定上、電話レンジで時間をさかのぼれる限界は数日程度です。

 

ですが仮に、電話レンジによる岡部の時間逆行が「年単位」で可能だとした場合。仮にですよ? 

18歳の岡部が岡部(10歳)の時代にまでタイムリープした場合、

 

「体は10歳だが精神は18歳の岡部倫太郎」が完成すると。

 

作中でも(ゲーム版でしか見られませんが)、岡部ではありませんが、これを成し遂げてとんでもないことをしでかすキャラクターがいます。トラウマものですけどね、そのシーンは。

 

当然このとき、シュタゲ世界でいう「世界線の移動」は起こるでしょう。身体も精神も10歳な岡部と、精神が18歳な岡部のその後の選択肢が全て同じになるとは到底思えませんからね。

 

時をかける少女についてはあんまり語る資格がなくて…というのも、アニメ劇場版しか見たことがないうえ、記憶があいまいなところがあるんです。

 

ただ、確か時をかける少女の作中でも、「過去の自分を見てしまう」ようなシーンってなかったと思うんですよ。

坂道の上からジャンプしたり、タイムリープ発動に特殊な条件はあったみたいですけどね。

どうでしたかねぇ…昔テレビで放送されていたものを録画してどこかに保存してあるはずなので、見直してみます。

原作小説なんかで、そういう「過去の自分と会わないよう警戒する」描写があると論理が破たんしてしまいますが…

 

仮に私の記憶が正しかったとすれば、両者には共通点があって、

 

タイムリープをした本人と、時間逆行で行った先の時間軸の本人が同時に存在していない」

 

ということが挙げられるんです。

 

「タイムトラベル」を冠するSF作品だと必ずと言っていいほど問題提起されるポイントですよね。過去の自分と、時間逆行した別の時間軸を生きる自分とが出会ってしまうのはまずいってやつ。

 

タイムリープ」の名を冠する作品だと、これが取沙汰されない。何故なら「同一時間軸には、同じ人間は常に一人しかいない」から。

過去を改変することで起きる「バタフライエフェクト」には言及していても、過去の自分と出会うかもしれないって注意はないわけです。

 

 

あくまでも精神が逆行するだけ。体ごと「時間を旅する」わけではないから、同じ時間軸上で「本人」は常に一人。

 

 

それに対してドラえもんに代表される「タイムトラベル」は、「過去の自分」と「逆行して過去へ行った自分」が同じ時間軸上に存在します。

 

ドラえもんの作中でも、過去の自分や両親に見つからないようにするっていう描写は多々ありましたよね。

これは明確に「タイムトラベル」と区分して良いでしょう。

私独自の理論なんですけど、

前述の「機械などのデバイスを用いた」逆行とも合致するところもありますね。さほど外していないのかな?

 

この理論でいくと「ハリーポッター」第三巻、アズカバンの囚人で、エマ・ワトソン演じるハーマイオニーが使った「タイムターナー」も「タイムトラベル」するためのアイテムと解釈できます。

 

ハリー達はハーマイオニーの「タイムターナー」を使って過去を変えようとしますが、その時、過去の自分達がしっかり存在していて、決して過去の自分達に見つからないよう注意を払います。

 

涼宮ハルヒの憂鬱」の登場人物・未来人である朝比奈みくるの時間逆行もタイムトラベルの一種(作中では厳密には違うとか言ってますけど)と位置付けられるのかも。

あれも過去の自分と逆行した自分の両方が存在する描写がありますから。これも一応デバイスに頼った時間逆行のようです。機械っぽい何かが登場するわけではありませんが。

 

 

やっぱり作品ごとに違う、で片付いちゃうけどね

 

言ってしまえばやっぱり、最初のこの身も蓋もない現実にぶつかってしまうんですけどね。どうしたって逃れられません。

時間逆行そのものがフィクションであり、ファンタジーなんですから…

 

現実には不可能だからこそ人々は憧れ、時間逆行ものはよく流行る。いつの時代もヒトは絶対に手の届かない何かに憧れるものです(いい話風)。

 

 

まあちょっと気になったので調べてみたというのと、調べてみた上で「ん? それはどうなんだ?」と思うところがあったので、独自に理論を作ってみただけで。

整合性があるかどうか疑問ですが…

 

 

一つにはこういう考え方もあるんじゃないかと。少なくともシュタゲにおいては、「外部のデバイスを用いた逆行」であるにもかかわらず「タイムリープ」という名前なので、ネットの世界をちょっと漁って出てきた「タイムリープ・トラベル区別理論」にはあてはまっていないなーと思って考察してみました。

 

あくまでも、「作品ごとに定義は違う」で全て説明されてしまうものですから、意義ある考察とは言えないかもしれませんが。

こういうの考えるのが好きなんです、厨二病なもので。

 

 

さて、なんだかとりとめのない記事になってしまいましたが、今回はここまでで。

 

ゲーム・アニメ紹介記事も随時進めていく予定です。

 

それではまた次回っ。